8月22日――私たちのバレエライフに、またひとつ、忘れられない思い出が刻まれました。
バレエの夏の風物詩《めぐろバレエ祭り》内で開催させていただいた、おとな向け講習会「 作品&役柄解説レクチャー付き おとなにしか踊れない! ヴァリエーション・レッスン~「ラ・バヤデール」よりニキヤの花かごの踊り~」。
自分で名付けておきながら噛まずに言えたことがとうとう一度もなかった長いタイトルですが、「その看板に偽り無し!」と自信を持って言える、非常に充実したワークショプとなりました。
あの興奮と学びに満ちた時間のことは、やはりきっちりと記録しておかなくては……とブログを書き始めたのですが、思い出せば思い出すほどキーボードを叩く手が止まらなくなりまして、気がつけばA4用紙換算で10枚にもなる長大な原稿に(==)ウム
みなさま、本当に長い長いブログです。
でも、『ラ・バヤデール』という作品や、ニキヤという役について教わったたくさんのことをみなさまと共有したくて、書きました。
よろしければぜひ、お時間のある時にお楽しみください。
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【開場~レッスン開始前】
8月22日18時30分、めぐろパーシモンホール 小ホール。
19時のレッスン開始より30分ほど前から開場&受付スタートしたのですが、会場の扉が開いてわずか数分のうちに、ほとんどの参加者が受付を完了。みなさまの意欲と熱意と気合いのビシバシ感、最高です(`・ω・´)b
じつは私、当日少しだけ心配(?)していたことがありました。
それは、開催の約2週間前になって突然みなさまに「“花かご”をご持参ください(蛇はこちらでご用意してますので)」とお願いした件(こちらのブログにも書きました)。
正直を言いますと私、「用意できませんでした」という方が、少なからずいらっしゃるのかな……と思っていたんです。
それで、会場でみなさまをお迎えしながら「かごはお持ちですか~?」とお一人ずつお聞きしたのですが……何とみなさま、パーフェクトにご持参くださっておりました……!!!
みなさま、あらためまして、ご協力ありがとうございました(≧▽≦)
ちなみに私も、講師の川島麻実子さんに使っていただく用のものと、自分自身が使う用のものを、得意の100円ショップでかき集めたアイテムを駆使し、はりきって手作りしていきました。
川島さん用がこちら↓
レッスン中みなさまに見えやすいようレッドにしてみました
こちらは自分用↓
ワタクシ用はブルー。花を川島さんとお揃いにしてゴキゲンな仕上がり
しかしですね、やはり、いついかなる場合にも“上には上がいる”というのがこの世の常。
受講者のみなさまの中にはもはや花かご職人とも讃えるべき方々がおられまして、その素晴らしすぎる匠の技にビビりました↓
花かご職人No.1 長谷味記様。パールまであしらわれた可愛くておしゃれな逸品。こんな花かごをもらったらニキヤじゃなくてもテンション爆上がり間違いなし
花かご職人No.2 ハンドルネーム/”小道具予習に走った参加者”様。エスニックな色使いはまさに「ラ・バヤデール」の舞台である古代インドの世界観にぴったり。偶然にも、お配りした蛇の色ともベストマッチ
これらの他にも、おそらくはみなさま、花かご代わりに使えるものを、ご自宅のキッチンやリビングを一生懸命探してきてくださったのでしょう。
“ザル”とか“プラカップ”とか“箱”とか、手頃なサイズでしかも床に叩き付けてもOKなものを、じつに柔軟な発想で用意し、持ってきてくださっていました。
そして私からはお約束の 毒蛇くんをおひとり様1匹ずつお配りして、各自で花かごにセット。準備万端でレッスン開始を待ちました(`・ω・´)b
毒蛇くん。カラフルタイプ、コブラタイプなど4種類ありました
【川島さん登場! 作品解説&役作りトーク】
あらためまして、今回私たちを指導してくだったのは、東京バレエ団プリンシパルの川島麻実子さん。
みなさんと一緒に大きな拍手でお迎えして、最初に15分ほどの〈作品解説&役作りレクチャー〉をしていただきました。
私はMCを務めさせていただいたのですが、間近で見る川島さんは、体の幅も厚みもリアルに私の半分ほど。
さらにお顔の小ささときたら私の1/3くらいしかなくて、ワタクシ思わず椅子を川島さんより20センチほど後ろに引き、姑息にも必殺・遠近法を使ってしまいました。
たった15分だったのに、トークは和やかながら大充実。
その内容をざっくりまとめますと、こんなお話でした↓
――川島さんの思う『ラ・バヤデール』という作品の魅力とは?
川島 登場人物全員に人間味があること、でしょうか。ヒロインのニキヤはもちろん、ソロル、大僧正、ガムザッティ、ラジャ(藩主。ガムザッティの父)、アヤ(ガムザッティの侍女)、マグダヴェヤ(苦行僧)……どの役にも感情があり、観客は必ず、誰かしら感情移入できる登場人物に出会えると思います。そしてすべてのキャラクターが人間味をもっているからこそ、場面ごとにいろいろなドラマがあります。
とても幸せなことに、私はこの『ラ・バヤデール』で女性が踊る役は、群舞からソリスト、主役まで、ほぼすべての役を踊ったことがあります。だからこそ、どの登場人物の気持ちも理解できる。それが自分の強みだと感じています。
――『ラ・バヤデール』には様々なバージョンがありますが、東京バレエ団が上演しているのは、名演出の呼び声高いナタリア・マカロワ版ですね。
川島 マカロワ版は、動きがとても難しいんです! 『ラ・バヤデール』はもともとドラマ性の強い作品ですから、踊っていると自然に感情があふれてきます。でも同時に、マカロワさんならではの細かいこだわりが、作品のあちこちにちりばめられているんですね。感情表現に集中すると動きが疎かになるし、動きに集中し過ぎると物語が途切れてしまいますから、本当に難しい。感情と動きのバランス、そして音楽との一体感がとても重要になってきます。
――東京バレエ団のプリマのなかでも、川島さんはニキヤとガムザッティの両方を踊っているというのが特別だと思うのですが、それぞれどのような女性像をイメージして演じていますか?
川島 最初にいただいたのはガムザッティ役のほうでしたし、私自身、「役をいただけるとしたらガムザッティだろうな」と予想していました。(「それはなぜ?」の質問に)なぜならそれまでも、たとえば『白鳥の湖』なら黒鳥オディールの役とか、とにかく“悪女”とか“敵役”とか、強い女性の役をいただくことが多かったので。ですから客観的に見ると、私はガムザッティタイプに見えるかもしれませんね。でも実際にニキヤも踊ってみると、私にはどちらの女性の気持ちもわかるな、と感じるようになりました。
ガムザッティは強くて冷たい女性に見えがちだけれど、それは彼女がお姫さまで、父である王が守ってくれていて、望む物はすべて手に入るような環境にいるせいでもあると思います。そんなガムザッティが、ソロルに対しては一途で、恋愛においては可憐な一面をもっている。そこが魅力的だと思いますし、きっと彼女にとってソロルは“初恋の人”なんじゃないかな? と解釈して演じています。
いっぽうニキヤは、一般的なイメージとしては、ガムザッティと対照的ですよね。強いガムザッティに対して、か弱くて儚げなニキヤ、というように。でも、はたして彼女は弱いだけなのでしょうか? ソロルに対してあれほど純粋な恋心を貫けるということは、むしろとても強い人だと言えるのではないでしょうか。ソロルへの思いの純粋さと、強さと、神に仕える巫女としての清らかさと、素直さ。これらが同居しているのがニキヤという女性で、芯の強さがあるからこその透明感、自分の気持ちにブレのないところが彼女の魅力だと思うんですね。
こうして考えてみると、ニキヤとガムザッティは全く異なる性格に見えて、じつは同じような面も持ち合わせています。そういうところに人間味を感じますし、この作品の大きな魅力だなと思います。
――さあ、これからいよいよ〈花かごの踊り〉を教えていただきます。われわれが心得ておくべきポイントを教えてください!
川島 みなさんご自身が、自分の大好きな人――恋人でも、家族でも――に裏切られたという気持ちで踊ってみてください。『ラ・バヤデール』は、踊りの技術だけでなく、感情表現も大事なポイントです。むしろ“きれいに”踊ってしまっては、逆に物語や登場人物の気持ちが観客に伝わらなくなってしまいます。この作品世界の“物語”を感じて、考えながら踊ってみてください。
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【レッスンスタート! まずはバーでウォーミングアップ】
レクチャーでお話しいただいたことをしかと胸に刻み、いよいよ、レッスン本編がスタート。
まずは30分ほど、ウォーミングアップのバー・レッスンが行われました。
川島さんに教われるというだけでも豪華なのに、ここからはさらにアシスタントとしてダンサーの片岡千尋さんが加わってくださり、しかもレッスンはすべてピアニストの松木慶子さんが伴奏してくださるという贅沢さ。
私はもう幸せすぎて胸がいっぱいで、バーのアンシェヌマンはひたすら順番を間違いまくってしまいました(後ろにいらした方、申し訳ありませんでした(==))。
川島さんが与えてくださるアンシェヌマンは、すごくベーシックだけれどもちょっとだけトリッキー。シンプルなパを順序よく並べてくださっているのに、軸脚を変えたりカウントの取り方がちょっとだけ変則的になったりと、ちゃんと頭を使って集中しないとできないようになっておりました(そういうわけで私は間違いまくりました)。
そしてちょいちょい出てくる後ろのカンブレに内心(ウウウ…><)と呻き声をあげておりましたら、
「花かごのヴァリエーションは後ろに反る動きがたくさん出てくるので、今のうちに背中をすごーく柔らかくしておいてくださいね♪」
と、川島さんから素敵な声でお言葉が。な、なるほど……! 呻いてる場合じゃありませんでした(==)
【いよいよ挑戦! ニキヤの花かごの踊り】
短いながらもしっかりグラン・バットマンまで終えまして、ついに振付を練習するお時間がやってきました。
今さらご説明の必要もないかと思いますが、〈花かごの踊り〉はニキヤが下記のような心情で踊る場面です↓
まさにいま、私の目の前で、愛し合っていたはずのソロルが別の女性(ガムザッティ)と結ばれようとしている……。
けれども私は神に仕える舞姫の身。
この胸はもう張り裂けてしまいそうなのに、それでも祝いの舞を献上しなくてはいけない――。
うう、何という切なさでしょう……(;∀;)
最初に、川島さんから非常に重要なご説明がありました。それは、
「この〈花かごの踊り〉は、対角線上にドラマがある」
ということ。
「ニキヤの左斜め前方(舞台上手前方)には、ソロルとガムザッティが座っている。
左斜め後方(舞台上手後方)には、ガムザッティの父・ラジャがいる。
右斜め後方(舞台下手後方)には、ガムザッティの侍女・アヤがいる。
右斜め前方(舞台下手前方)には、大僧正がいる。
――舞台上は上記のような構造になっていることを念頭において演じましょう。
ニキヤの視線は常にソロルを意識していて、彼を見つめて踊ることが大切です。
でも愛する人の婚礼の場で踊るということはあまりにもつらい。
彼女はもうたまらなくなって逃げようとするけれど、左斜め後ろのラジャに阻まれます。
それで再び踊り出してはみるものの、あろうことか、ソロルはガムザッティの手にキスをしようとしているのを見てしまう。
あまりのことに、今度は右斜め後方に逃げようとすると、またしてもその行く手を阻むようにアヤが現れて、“ソロル様からの贈り物です”と、花かごを手渡される。
……このように、ニキヤが対角線上に置かれた“四方の敵”とのやり取りをはっきりと見せることで、この作品のドラマが際立ってくる。ここがすごく大切なポイントです」
この場面のドラマ性が構造的によくわかる重要なポイントで、このお話を聞けたのはとても大きな収穫でした。
また、この踊りの最初のポーズ――つまり下手方向を向いて立ち、右手を頭に、左手を胸に当てて天を仰ぐあのポーズをしただけでガラッと気持ちが切り替わり、すごく”ニキヤな気持ち”になれたというのも新鮮な体験で、いかにこの振付が役柄やその感情を巧みに表現しているかが理屈抜きで感じられました。
動脚を軸脚に絡ませる。両腕を真上で絡ませてシュ・スーで立つ。後ろの脚を大きく引いて体を深く沈める。ソロルに向かって腕を差し出す。ルルヴェで立ったまま後ろの脚を抜いて粘りのあるアラベスクをする。ジュテ・アントルラセからひざまずいてまた天を仰ぐ――。
振付が進むごとに、ニキヤの心情がどんどんふくらんで織り上がっていくような、そんな感じがいたしました。
……と、私まるで自分が流れるように踊れたかのように語ってしまいましたが、もちろんそんなわけもなく(==)
もう軸脚に動脚を巻き付ける形で片脚立ちしただけでグラグラグラ……(==)
シュ・スーで立ってグラグラグラ……(==)
ひざまずいてまたグラグラグラ……(==)
上体をドラマティックに動かさなくてはいけないぶん、とにかく一つひとつの振付をグラグラしないで行うこと自体が極めて難しいことなのだと思い知りました。
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今回私たちが教えていただいた場面は、蛇に噛まれて絶命するところまで含めると6分ほどもある長いシーンです。
切なく苦しい思いに時折耐えきれなくなりながらも踊り続ける前半。
「ソロル様からの贈り物です」と花かごを渡され、束の間の喜びが胸に広がる後半。
そして蛇に噛まれ、ガムザッティに怒(いか)り、ソロルに絶望して、生きることよりも死ぬことを選択する最期の場面。
……受講したみなさまは、とくにどのあたりが印象に残ったでしょうか?
どのあたりが、踊ってみて楽しかったでしょうか……?
私はやはり、花かごをもらってから蛇に噛まれ、絶命するところまでのくだりに挑戦できたのが、本当に嬉しかったです。
普段のレッスンや発表会では、嬉しい気持ちや幸せ感を表現することはあっても、“悲しみ”や“怒り”や“嫉妬”や“絶望”を踊るというのは、なかなか経験できません。
だから、とにかくそれを学びたかったし、体験してみかった。
大人の私たちが、どのくらい心を動かして踊ることができるのか。
どのくらい、激しい感情に突き動かされることができるのか。
それを体感してみたかったというのが、この講習会を企画した最大の理由のひとつでした。
その意味では、本当に正直に申し上げますが、みなさん想像していたよりもずっと豊かに感情を表現していて、なかには非常に真実味のある演技ができる方もいらしたりして、驚きました。
愛する人に裏切られた悲しみ、悔しさ、嫉妬、怒り、絶望……自分自身の人生経験や、内にある感情を、表面に引きずり出してこなくては、この振付は絶対に完成しないのだと思います。
みなさんの踊り、素晴らしかったです。
とくに、ガムザッティに思わずつかみかかろうとしてラジャに制される場面や、毒蛇に噛まれた自分に背を向けて去って行くソロルに向ける、絶望のまなざしなど……これぞまさに、“おとなにしか踊れない踊り”であると感じさせてくれるパフォーマンスでした。
あと、個人的には、ささやかなことですが、蛇をバシッ!と床に叩き付けるシーンをやれて嬉しかったです(。-_-。)ポッ
意外と、毒蛇くんの頭部は花かごの中で行方不明になりがちで、(あっ…しっぽをつかんじゃった><)と肝心なところで気持ちが素に戻ったりして難しかったのですが、とにかく、念願の“カプッ!”からの“バシッ!”ができて、私は非常に満足です。
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その他、川島さんから教わったなかでとくに印象に残ったことをいくつか挙げますと、
- 振付のなかには何ヵ所か、踊り手が好きなようにアームスを使ってよいところがあること。
そこでどんな思いを込めるかによって作品としても表現の可能性が広がるし、踊る人にとっては自分自身の“真実の演技”が試されるということ。
これは、とても大きな挑戦をさせていただきました。
- また、このマカロワ版は「シャッセ」の動きが非常に特徴的だということ。
通常のレッスンや一般的な踊りでは、シャッセといえば足裏全体を床につけてズーッと擦り出す動きだけれども、マカロワ版は足先をしっかりポワントにしてつま先だけを床につけ、それを遠くへ滑らせて脚を運ぶのだということ。
そしてこの特徴的なシャッセがたくさん積み重なって、あの独特な粘りのあるニュアンスが生まれているのだということも、非常に印象深い学びでした。
(でもこのシャッセ、実際にやってみると、見た目からは想像ができないくらい神経を使うし、難しいし、大変でした……(@_@))
【レッスンを終えて…】
このヴァリエーションはテクニックじたいも非常に難しかったのですが、ステップを踊りこなす以上に学ぶべきこと、挑戦すべきことがたくさんありました。
もう頭は完全にはち切れそうでしたけど、みなさま自身の手で、作品の核心に少しだけ触れることができた経験だったのではないでしょうか。
川島麻実子さん、片岡千尋さん、本当に惜しみなくお手本を見せてくださり、いろいろな言葉を尽くして私たちを指導してくださって、本当にありがとうございました。
ピアニストの松木慶子さん、時にステップが間に合わなかったりする私たちのマイペースな踊りに寄り添い、あの長い曲を何度も何度も弾き続けてくださって、本当にありがとうございました。
そしてご参加くださったみなさま、きっと誰もが初体験だったはずのこの踊りに、勇気を出して挑戦してくださって、本当にありがとうございました。
みなさまのチャレンジする気持ちと、バレエを学ぶことに対するひたむきな姿勢と、人生経験の豊かさこそが、あの熱気を生み出したのだと感じています。
思い出の品としてお持ち帰りいただいた毒蛇くんがご家族のみなさまをびっくりさせないよう、保管場所にはどうぞお気を付けください(`・ω・´)b
弊社ではこれからも様々な企画をしてまいります。
またいつかどこかで、ご一緒に踊りましょう……!!
(有)オン・ポワント
阿部さや子