3月24日(土)。
とうとう、この日が来てしまいました。
企画・運営をしてきた者としては、この日を無事に終えること、そして願わくば講師や受講者のみなさんの大満足とともに終えることが最後の目標でした。
でも、当日を迎えてみると、そういうことよりもただただ「最後の1秒まで、みんなで一緒に楽しみたい!」と。
この3ヵ月のうちに、いつしか“受講生のみなさん”と私ども“事務局”が、高木綾先生・高橋竜太先生の下で、完全に“クラスメイト”みたいな関係になれていたからこその感覚だったと思います。
もういっそ、受講者・事務局合わせて28人を《ジゼルメイト》、あるいは《GSL28》(プロデューサーはもちろん秋元康氏じゃなくて高木綾氏&高橋竜太氏)と名付けても良いかもしれません(`‐ω‐)ь
定期講習会「ジゼル」レッスン、最終回。
「最後のレッスンはこの場面で」と、講師の高木綾先生・髙橋竜太先生が選んでくださったのは、第1幕より《狂乱の場》。
全幕中で最も演劇的で、衝撃的で、ダンサーの実力が試される場面です。
ヒロインが正気を失っていくさまが“見せ場”だなんて、数ある“名作バレエ”においても極めて特殊。
またバレリーナの数だけ演じ方があるところがまた、このシーンが名場面と言われるゆえんでしょう。
この場面を学ばずして、「ジゼル」レッスンは終われません。
そしてやるからには、小道具とか細かい演出にも当然こだわらねばなりません。
たとえば可愛らしく束ねていたジゼルの髪が、正気を失った瞬間バラリと肩に落ちるところとか。
足元に落ちていた剣を拾って地面(床)に曲線を描くところとか、その剣で自らの胸を貫こうとしたりするところとか。
そういうところもきっちりやってみるのが当講習会のスタイル(`・ω・´)キリッ ということで、取り急ぎ受講者のみなさまには
「髪をきっちりシニヨンにはせず、クリップなどで軽くまとめてきてください」
と業務連絡。
そしてワタクシはというと、いそいそと通販でこんな剣を購入しました。
_人人人人人人人人人人_
> 何このドラクエ感 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
こちらの剣を4本ほど肩に背負ってスタジオへ。
電車のなかでは外国人観光客らしき方々に「WOW(笑)」と喜ばれ、どうやらワタクシNINJAと間違われたのかなと誇らしかったのですが、それ以上にスタジオに入ったとたん、受講者のみなさまの間に爆笑のウェーブが広がったのが嬉しかったです。
ちなみに、そこに剣があれば手に取らずにはいられない……というご様子だったのが、やはり元・男の子の高橋竜太先生。
何か見えない敵と戦っていらっしゃるかのように、ビュン!と振り下ろしては構えの姿勢を見せたり、目にも止まらぬ早さでクルッ!と空中に舞い上がってはまたピタッ!と構えたり。とにかく気がつくと鏡の前で華麗なる剣舞を舞っておられ、それがもう物凄く格好良くて、目が釘付けになりました。
さてさて、いつものようにベリーショートながら体はしっかり温まるバー・レッスンをサクッと済ませまして、いざ、狂乱……!
本日学びますのは、
①ジゼルの目の前で、アルブレヒトがバチルドの手にキスをしようとする
②ジゼルは思わず間に割って入り、ふたりの顔を見る。
ジゼル:「バチルド様、これはどういうことですか……?」
バチルド:「どういうことって、あの方は私の婚約者です」
ジゼル:「ちがいます! 彼は私と結婚しようと言ってくれました! ロイス、ねえ、そうでしょう? 彼女の言ってることは嘘でしょう? ねえ、どうして何も言ってくれないの?!」
③ジゼルはバチルドにもらった首飾りを投げ捨て、地面(舞台下手側)に倒れ込む
④母親のベルタが駆け寄り、心配そうに娘の頭を撫でる(この時にジゼルの髪をほどく)
⑤ジゼルは1回軽く痙攣。次の音でふらふらと立ち上がり、上手奥へと後ずさり、バチルドとぶつかり、ビクッとして舞台中央へ。両手で顔を覆ってうつむく
⑥たっぷり音を使い、ゆっくりと顔を上げる。その目はもう何も見ていない。ただ斜め上、遠くの宙に向けられている
⑦うつろな表情で左手の薬指を指し、ふらふらと小さく1周歩く。「あの人と結婚するはずだったの……」と、その手元を周りの人に見せるように。周りの人々は、その姿を見て悲しくなる
⑧ここから幸せだった頃の回想に入る。ふらふらと自分の家のほうへ歩き、花を摘むような仕草を見せ(実際には摘めていない)、舞台中央にぺたりと座り、花占いを始める。でも、その手元には花がないことにふと気がつく
⑨また立ち上がってふらふらと歩きだし、足元に落ちていた剣を踏む
⑩「いいものがあった……!」とでも言うように、剣先を持ち、柄で舞台上にぐるりと境界線を描いていくかのごとく引きずり回し、下手手前から上手奥に向かってにょろにょろにょろと曲線を描いていく
⑪最後にその剣で自らの胸を貫こうとした瞬間、ヒラリオンが剣を取り上げる
⑫ジゼルはヒラリオンを見て狂ったように笑いながら後ろに下がっていくと、またバチルドにぶつかり、怯えるようにお辞儀をして、また舞台中央に倒れ込む
⑬ベルタがジゼルを抱き起こし、「お家に帰ろう?」と連れて歩き出す
⑭ジゼルは突然、何かを見つけたように上手側の宙を指差して走り出す。かと思ったら、今度は下手のほうへ
⑮下手から上手へ向かい、何かを招くようなポール・ド・ブラ&アラベスク・タン・ルヴェ→シャッセを2回ほど。反対方向も繰り返す
⑯また幸せだったひとときの記憶をなぞるように、愛する彼の腕に自分の腕を愛おしそうに絡める仕草。そして力なくバロネ→ジュテ・アティテュードのステップを6回ほど。最後の2回でだんだん狂ったように激しく動きだし、そこで心臓が壊れる
⑰急に何かに怯え出す、あるいは激しい悪寒を覚える。目が見えなくなる。恐怖に駆られ、助けを求めるように、村人たちの群れを掻き分けるように舞台を一周走る
⑱舞台上手奥でヒラリオンがジゼルをキャッチ。「ジゼル、しっかりしろ! ほら、あそこにお母さんがいるぞ!」
⑲「お母さん……!」ジゼルは一瞬正気に戻り、母親の腕に飛び込む。そしてくるりと振り返り、最後にアルブレヒトの腕の中に飛び込み、崩れ落ち、こときれる
……と、①〜⑲まで約6分の長尺シーン。
この場面はみなさまご存じの通り、主な登場人物が5人いますよね。
★ジゼル
★アルブレヒト
★バチルド(アルブレヒトの婚約者)
★ベルタ(ジゼルのお母さん)
★ヒラリオン
じつは、この前の週のレッスン終了後に、受講者のなかのおひとりから、
「狂乱の場は、ジゼル役ももちろんやってみたいのですが、私はお母さんの役もやってみたいです」
とリクエストをいただいていたんですね。
それをさっそく綾先生・竜太先生にお伝えしていたところ、
「おもしろい! やりましょう!」
とご快諾。こういう柔軟さや寛容さがまた、おふたりの最高なところでございます(≧▽≦)
で、レッスン当日。最初に先生方が受講者のみなさんにアンケート。
「ベルタをやってみたい人?!」
「はい!!!」(複数人が手を挙げる)
「じゃあ、バチルドやってみたい人?!」
「はい!!!」(こちらもまた複数人)
……と、この積極性。受講者のみなさまも最高です(≧▽≦) (≧▽≦) (≧▽≦)
とにもかくにも、まずは今日トライする部分の振付を覚えましょうということで、まずは綾先生と竜太先生がお手本を見せてくださいました。
もう、この段階で大感動!
なんせ、おふたりが、たったふたりで、上記の5役をやってみせてくれるわけです。
いえ、正確に言うと、竜太さんがジゼル役(これがとてつもなく可憐!)、綾さんは何と時にジゼルを演じつつその他の4人も兼務(演じ分けが素晴らしすぎた!)して見せてくださるというウルトラC(@_@)
そして、それぞれの役がいま何を言っているのか、どういう感情なのか、その仕草は何を意味しているのか。また実際の舞台では、演じるダンサー達がどんな風に感じているのか、舞台上ではどんなことが起こっているのか等々を、事細かに、生き生きとした言葉で説明してくださる。
これがもう、本当に「へえ!」の宝庫であり、感動的なお話の宝庫であり。
例えば①のところ。
「この“手にキスをする”という行動。これはジゼルにしてみれば、ほんの少し前に彼が自分に対してしてくれたこと。彼女にとっては幸せな時間の象徴であり、彼に愛されていることの証だったはずなのに、まさにそれと同じことを、彼が他の女性に対してしようとしている。だからジゼルはあんなにショックを受けてしまうんです。このドラマの伏線の引き方が見事。細かいシーンだけど、『ジゼル』という作品の見どころのひとつだと思う」
と、竜太先生。
また⑥のところについてはこんなお話が。
「バレリーナによっては、ここで顔を覆っていた手を話した瞬間、涙で顔をぐっしょり濡らしていたりする。それを見ると、僕たち周りの人間も一気にもらい泣きをしてしまう。そのくらい、ジゼル役のダンサーは完全に入り込んでいる。すごい迫力です」
だから⑲まで演じ終え、第1幕の幕が下りると、ジゼル役のバレリーナはその場からしばらく立ち上がれないことが多いのだそう。床に座り込んだままぼーっとしていて、ベルタ役の方が、まさに役柄そのもののようにジゼルを抱き起こし、楽屋へ連れていってあげたりするのだそうです。
そのくらい、ダンサーは全身全霊で「ジゼル」を生きているのだと。
すごいお話です。
また、細かい部分でおもしろかったのは④のところ。
ここはやはり、倒れた娘のところへ真っ先に駆け寄るベルタ役の芝居の見せどころのひとつでありますが、同時に彼女には、ジゼルの髪をほどいてあげるという重要な役目もあると。
このときジゼルは、できるだけほどけやすい髪型にセットしてはいるものの、やはり踊っている途中で髪が崩れないように、ある程度しっかりとピンなどで留めているそう。
なので、芝居しながら素早くほぐしていくのはすごく大変。ベルタ役の方の手にはどんどんピンなどが溜まっていくので、周りのダンサーたちが心配そうに駆け寄る芝居をしつつピンを受け取るなど、連係プレーも大事なのだそうです。
こういうお話を聞くと、ダンサー・スタッフ含め舞台を創っている人々のこだわりや情熱、濃やかさに頭が下がるし、もっともっと大切に、舞台を見たくなります。
さて、先述の通り、ここは約6分もある長丁場。しかも花占いの回で学んだように、カウントで動くことはできないけれど、“この音楽の中でこれをする”という範囲は決まっているのが、バレエにおける“芝居のシーン”の難しさです。
これは振りとかそのタイミングを覚えるだけでも大変だぞ……と覚悟していたのですが、何とみなさま、先生方のお手本をいちど通して見せていただき、そのあとサーッと一気に振り移しをしていただいただけで、もうほとんど覚えてしまわれた……!
びっくりしましたが、これまで目の当たりにしてきた受講者のみなさんの熱心さや集中力、どんなチャレンジにも食らいついていく力強さを思えば当然かもしれないし、またそれはこの場面がいかに良くできているかの証左でもあるのかな、と。
つまり、役の感情の流れと音楽があまりにも合っている。
音楽が私たちの体を導いてくれるというか、その音を聞くともうそのようにしか動けないというくらい、音楽と振付と感情がぴたりと合っているのだと、ハッとさせられました。
あと、この日はご用意した剣が4本だったということで、4人ずつ前に出てジゼル役になりながら実践練習をしていくことになったんですね。
しかしそれだけでなく、綾先生・竜太先生の機転で、その4人以外の人たちも、代わる代わるベルタ・アルブレヒト・バチルド・ヒラリオンの役に振り分けていただき、ジゼルと共演することに。
つまり私たち、最終的には全員が5役全部を覚え、演じてみることができたのです……!!!
これは本当に楽しかった。最高でした。
狂乱していくジゼルの演技を学ぶことが今回のいちばんの楽しみではありましたが、どうしてなかなか、その他の役もすごくおもしろい……!
その場面の見え方が、役によってガラリと変わる。
もちろん、私の演技など“演技”の“え”の字にもなっていないレベルですが、それでも、いまこの瞬間にどう動きたいかが自然に出てくるんですね。
バチルドになれば、背筋がぐっと伸び、文字通り“上から目線”の姿勢になる。
アルブレヒトになれば、心臓がドキドキして、オロオロした気持ちになる。
ベルタになれば、最後に自分の腕に飛び込んできたジゼルを、ギュッと抱きしめたくなる。
全幕においては、どの役も同じように重要で、どの役にも掘り下げがいがあるのだということ。
なるほど、こういうことなんだ……!と、またひとつ腑に落ちた感じを得ることができました。
そして、ジゼルとして、この場面を演じてみて。
受講者のみなさまは、どんな風に感じたでしょうか……?
私自身はといいますと、②でバチルドとアルブレヒトの間にバーン!と割って入った時にスイッチON(テンション上がりすぎてフライング気味になったけど)。
そして⑥で顔を手で覆っている時と⑯で“エア”アルブレヒトに腕を絡めた時に涙がこみ上げてきて……⑲ではもう、感無量(違
反省点としては、⑤の痙攣が大痙攣になりすぎて、この石頭でベルタ役の方に頭突きしてしまったこと(Mさん申し訳ありませんでした……(∋_∈))。
あと、せっかく⑥で気持ちが入っていたはずだったのに、顔にバサーと垂れた髪がほよほよほよ……と頬をくすぐり、思わず手で払ってしまった瞬間にちょっと“素”に戻ってしまったこと。
舞台を見てると、バレリーナの方も時々ここで髪を搔き上げたりなさいますが、それはいつもすごく自然で、全然“素”な感じはしない。
当たり前すぎて叱られそうですが、こんなところでも格の違いというものを思い知りました(==)
また、私から見た、みなさまの演技の感想はといいますと――
みなさん、本当にそれぞれ、“自分の物語”を演じていらしたな、と。
ご自身の思い出や、経験や、感情の記憶を、胸の中でジゼルにちゃんと重ね合わせて、一つひとつの動きにしっかりと“意味”を持たせているのが凄いと思いました。
誰ひとりとして、照れたり遠慮したりもしていませんでした。
あと、“目”の表現がとくに素晴らしいと思いました。
心の中で静かに泣いているような、悲しい目をしていらした。
もう私は、本当の本当に、
き、北島マヤが大量発生しとる……( ̄□ ̄;)!!
と思いました。
***
1月から3ヵ月にわたった定期講習会「ジゼル」レッスンは、こうして無事に幕を下ろしました。
1回2時間、全12回。“おとなバレエ”な私たちの、小さくて、大きな挑戦でした。
群舞も、ソロも、パ・ド・ドゥも。
ジゼルの恋も、狂乱も。
全部全部、心の底から「経験できて本当によかった……!」と思える、かけがえのない学びの場でした。
『ジゼル』は私たちにとって、忘れられない思い出と結びついた、とくべつな作品になりました。
高木綾先生、高橋竜太先生、素晴らしいご指導と、夢のような時間を与えてくださり、本当にありがとうございました。
受講者のみなさま、弊社にとって初めての企画に、「参加したい!」と真っ先に手を挙げてくださって、本当にありがとうございました。
これからも私どもは、おとなの私たちが “あきらめていた夢” や “叶うとは思わなかった夢”、あるいは “夢見たこともなかった夢” を実現する企画を作っていきたいと思います。
みなさま、これからもどうぞよろしくお願いいたします!
有限会社オン・ポワント
阿部さや子
細木光太郎
***
【<狂乱の場>の重要ポイント】
★この<狂乱の場>は、数あるバレエ作品の中でも、最も演劇的で、最も難しい場面のひとつと言える
★④でうまく髪がほどけなかったら、⑤あたりでジゼルは自分でさりげなくほどきながら演技しなくてはいけない
★⑨で剣を踏むところ。この剣は前のシーンでアルブレヒトが床に叩き付けるもの。叩き付け方によってはたまに、ばいーん、ばいーん、ばいーん……とバウンドして変なところに着地してしまうことがあるので要注意。ジゼルは芝居をしながらも、ちゃんとどこに剣があるかを確認しておき、そこに向かってふらふらと歩くべし。
★⑲お母さんに抱きつくところ。感極まって長く抱きつきすぎていると最後の音に間に合わない。息絶える瞬間の音は外せないので、お母さんの腕からアルブレヒトの腕へと移っていくタイミングが遅れないように気をつけるべし
★⑲などのシーン。周りの人もすごくジゼルの死を悲しむけれど、ジゼルの亡骸に飛びついたり、近づきすぎたりしてはいけなくて、遠巻きに、距離を保たなくてはいけない。
どの作品でも、役によって“アクティング・エリア”がある。主役であるジゼルの至近距離まで近づいていいのは、ここではベルタとアルブレヒトのみ。そういった、場面ごと、役ごとの立ち位置、「自分が演技をするエリアはこのあたり」というのが決まっていることも、知っておくとよい
★芝居の場面は、心のなかでちゃんとセリフを言うこと! 何なら、練習の時は本当に口に出してもいい。言いたいことや自分の感情を言語化できるくらい明確に演じて初めて、動きで物語や感情を伝えることができる
★これだけの長い芝居になると、時には振りを忘れそうになったり、“素”に戻りそうなこともある。そんな時、いかにしてまたスッと役に入り直せるか。そこも大事な訓練